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現代語訳『三州奇談』その20 「家狗の霊妙」(巻之三)

現代語訳『三州奇談』その20 「家狗の霊妙」(巻之三)

 

堀麦水による『三州奇談』は、近世中期に成立した加越能の奇談集である。

今回はその20「関氏の心魔」(巻之三)の現代語訳である。

 

 

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[訳]

元禄の頃、加賀藩の剣士・関善右衛門は、代々中條流兵法の道に深く通じており、その名前は天下に響き渡っていた。聞くところによると、富田五郎右衛門入道勢源からの奥義を伝え、家系は長く続いている。

特に善右衛門はたゆまず稽古を積み重ね、奥義を極めていた。

その上、内外の経典にも造けいがあったので、門人は日に日に増えて、数十名もいて、門人たちの車を引いた馬で、門前は混雑するほどであった。

 

そのためか、世の常としてよくあるように、善右衛門は、すこしばかり驕り高ぶるところがあったようである。

ある年の冬、善右衛門は一門の弟子の家へ行って、古今の英雄を語り、戈と剣の利害を談じ、かなり深夜になって帰ったことがあった。

 

我が家に入ってみると、妻はまだ起きて縫物をしており、下女もまたそばにいたが、いつものように灯りをささげもって出迎えた。

 

すると、たちまち家の中に光明が光り輝き、まるで七宝をちりばめて、色どり飾るかのようになった。妻も下女もみなことごとく美しい衣装の袖をひるがえしており、もってでた行燈に至るまで、瑪瑙や瑠璃のようであり、あたかも天上に生れ出たのかと思うほどきらびやかで、気味が悪くなるほどだった。

 

善右衛門はしばらく目を閉じて考えたが、自分はこのように怪しいことがおきたのを、今まで聞いたことがない。もしかして、自分は今きわめて異常な病気にかかったのかもしれない。きっと魔物がまどわせているのだろうなどと思い、急いで下女に命じて風呂をわかして身体を清めようとした。

 

ところが風呂場に入ってみるとここもまた怪しく綺麗なことは、言葉で言いあらわすことができないほどであった。宝石の敷石は温かで、七宝の砂を敷き、金銀の水があり、そしてしゃこ貝の堤子(ひさげ)に水を入れたりした。

 

善右衛門は目を塞ぐようにして入浴し終わり、新しい着物に狩衣を付け、まず灯明を灯し、本尊魔利支天の像を拝み終わって、秘印を結んで九字のまじないをした。

光明真言を七返、多聞天の咒(まじないの文句)を二十一返、般若心経・法華の陀羅尼要品をとなえ、腰につけた刀を抜いて、中條流兵法の秘密沓返という妙手をつかった。

 

そのせいか、この妖魅はどこかに逃げてしまったようで、しだいに光り輝いたものは消え失せて、心地が朗らかになって平常に戻ったのであった。

のちに善右衛門は門人・藤井氏に以上のようなことを物語ったのであった。

 

 

話かわってー

古寺町の福蔵院には天神堂のかたわらに稲荷の社がある。近くの片町の石浦屋吉兵衛の借家に原屋久右衛門という下駄を作る男がいたが、この境内が広いので、下駄の材料である桐・朴などの割ったた木を、ここにたくさん乾かしておいた。

 

ある夕暮れに、この割木を片づけていたところ、狐が一匹飛び出してきたので、割木で思い切り強く撲りつけて、追い払って家に帰った。

 

久右衛門は二階に上がり横になったが、その晩はなんとなく寝つきが悪かったので、二階の障子を開けてみた。その家は石浦屋の土蔵と向かい合っていたのだが、この土蔵がにわかに福蔵院の向かいにある阿部氏の住宅のように見えて、そこには敷台の手燭が輝き、金屏風を何双も引き並べたように明るい感じがした。

 

そのうえ自分がいる所も我が家ではなく、福蔵院の境内にうつり替っており、寝床の上に、奉納された絵馬があらわれてきた。

 

その上、松や梅の樹木がたくさんあって、風があたり一面に吹きわたり、心がぼんやりとしてきた。さてはまだ自分が我が家に帰らず福蔵院の庭にいるのだろうか、それにしても家に帰らなければならないと思い立ったが、はっとして自分はたしかに家に帰り二階で横になったことを思い出した。

 

久右衛門は、これはきっと妖怪がたぶらかしているに違いない、どうして妖怪なんぞに負けるものかと思い、寝床の上敷きの端を力をこめて握りしめ、しっかりと心を落ち着かせたところ、少しだけ灯明も暗くなり、まばゆい光もおさまったような感じがした。

しかし目を開けると、また宮殿の金屏風の前に立っているようで、自分がどこでどうしているのか、よくわからなかった。

 

一晩とうとう眠ることができず、まんじりともせずにいたのだが、夜明けの鐘が鳴っても、まだ光は消えず、日がでるまでは石浦屋の敷台が前のようにあるのが見えた。

太陽が上がって人通りが多くなってくると、ようやく光は消えて元のようになったと、のちに久左衛門は語るのだった。

 

これもまた妖怪の類のせいであろうか、それとも何かほかの理由があって、なかなか光が消えなかったのであろうか。

 

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この「関氏の心魔」には、ふしぎな光の怪の話が二つ出てくる。

どちらも怪にであった人がその奇怪な体験を語るものである。今に比べ夜ははるかに暗かっただけに、夜中に明るい光をみることは、異様で奇怪な体験であっただろう。