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現代語訳『三州奇談』 その12「鞍岳の墜棺」

現代語訳『三州奇談』 その12「鞍岳の墜棺」

 

堀麦水の『三州奇談』は、近世中期に成立した加越能の奇談集である。
今回はその12「鞍岳の墜棺」(巻之三)の現代語訳である。

 

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「訳」
 鞍岳は金沢城下の南西に位置しており、高尾山と峰続きである。近郷の高山は霊妙不思議な山であり、鞍岳山頂には真夏でも枯れない池があって、水は炎天でも涸れることはない。


その付近の池には山彦の怪があり、蓴菜の名所で、夏には訪れる人が大勢いる。


昔富樫政親が野々市の館を離れ高尾城に籠り、一向一揆と相対し知恵と勇気を奮ったが、多勢に無勢であった。遂に政親は詰の丸の鞍岳山上に逃れ、敵である洲崎和泉入道慶覚の家臣水巻小助と馬上のまま組合い、両馬ともこの池に沈んでしまった。その後この池には、朱塗りの鞍が時々浮かんでくる。これは池の主だといって、人は恐れて無図に入らない。


この池と鶴来村の金剣宮・砥の池は底で水が通じており、糠を蒔いてみると数里の山谷離れているのに、かならず浮かび出るという。


まことに山上の古池は目の前に見ただけでも恐ろしげだが、金沢の男伊達で水に入る者があった。しかしながら水底をきわめて帰る者がなかったが、山王屋市郎左衛門という者がしっかり底を探すと、折懸灯篭に灯をともしてあるのをみつけた。池の底に灯があるわけはないと不審に思って帰ったが、間もなく家で亡くなったという。

 


元文の頃金沢に広瀬何某という鷹匠がいた。同輩四五人を誘ってこの辺りに来たが、六月の夕立雲がこの山を覆い、ほんの近くでも闇夜のようで、雨は盆をひっくり返したように降り出したので、一本の古木の根本に晴れるのを待っていた。


すると黒雲の中に、一塊の風の筋があり、りゅうと響いたが、何かはわからないがこの池にどうと落ちるものがあった。しばらくして雨が上がったので、今響いた音を不審に思い池をみると、新しい棺桶がひとつ浮かんでいたので、岸に引き寄せ開けてみたが死骸はなかった。


それにしてもどういうことであったのかと、甲斐もなく面白味もつきて金沢に帰ったが、広岡町の竹屋次郎兵衛という者が、その日屋根を葺いていたが、ここでもその頃暗い雲が通って行ったが、振り仰いだところ裸体の男が一人、引き提げられたように、雲の中を叫んで行ったのを見たという。

これらは同じ時間帯であった。火車の出現を目の当たりにしたようだ。鞍岳の山続きの医王山の池でも、いつの昔にこのような怪異があったという。


それゆえ中院僧都はすこしの執念があったため死んで魔道に堕ち、慶圓大徳に会って問答して、この大徳の力を崇め敬ったので、大徳は「貴僧は魔界に堕ちて何を生業とするか」と聞いた。僧都は答えて、わが仲間数千人はひたすら人の臨終を窺って、変異によって災害をあたえる。しかも碩師宿徳の人でも少しでも慢心があれば、とりわけおとしいれやすいというではないか。まったくすこしの慢心も恐れるのが当然だ。ましてや英雄が目的を遂げられず無念の死をむかえたとき、魔魅に堕ちて心残りの魂により不思議をなすこともまた、いぶかるべきではない。

 

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以上「鞍岳の墜棺」の現代語訳である。
ここには伝承がふたつあり、ひとつは恐ろしい山上の古池の底をみるなとの禁忌を破った男が亡くなった話である。もうひとつは鞍岳山上の池に浮かんだ棺桶をめぐる怪異である。ここでは魔道を語っている。

 

 

倉ヶ岳は金沢市の南方にあり、手取川扇状地の背後のおだやかな山並みのなかにある。丸い盆を伏せたような特徴ある形状の頂は、金沢市街地からも望むことができる。ここが「鞍岳の墜棺」の舞台で、鞍岳は金沢平野を見下ろす位置にあり、鞍岳城址があった。

城主は時代順に、土豪林六郎光明、富樫政親、一向宗新庄邑の杉谷四郎右衛門などの諸伝がある。鞍岳は金沢・鶴来に近い要衝の地であった。

 

鞍岳の北には高尾城がある。これは「高尾の隠鬼」ともかかわる話である。