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現代語訳『三州奇談』 その1 「空声送人」

 きのうのブログで予告しましたが、今日から不定期で、加賀・能登・越中の奇談集『三州奇談』の現代語訳を掲載します。

 

 

 現代語訳『三州奇談』 その1 「空声送人」

 

 堀麦水の『三州奇談』は、近世中期に成立した加越能の奇談集である。
正編と続編あわせて149話あるが、すべて1話読み切りとなっているので、どこから読み始めてよい。これからその現代語訳を順次紹介する。

 

 第1回は、巻の三にある「空声送人」。金沢は謡曲の盛んなところだが、これは謡にまつわる奇談である。

 

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[訳]

 篠原勘解由の与力に安藤庄太夫という者がいた。常に生き物を殺すことを好んだ。鵜飼や網・罠をおこなう人が多くあるなかで、彼は釣りだけにこだわった。


 釣りをする時には無心になって、知っている釣りの吟を口ずさみ、犀川の上流の内川というところで、竿を友として一日中、心行くまで楽しんだ。


 日が西に傾く頃だったが、ある時後ろの山手より自分の名前を呼ぶものがあった。返事をして辺りを見回したが、まったく人がいない。不審に思いつつも暮れかかってきたので竿をかついで帰途についた。


 しばらくして火葬場の辺りを通った時には、はや日は暮れて、はっきりとは見えないが無常の煙が寒々とたちのぼり、耐えられないくらいの、とても嫌な臭いがした。


 その臭さのなかで、狼や犬がいつも墓を掘っており、騒がしく争う声がした。
おりしも小雨が降りだしたので、辺りには鬼火が燃えており、見るからに物凄く、ぞくぞくする風景だった。

 

 

 そんな時、耳元に大声で庄太夫と呼ぶ声があった。さては魔物の仕業ではないかと思い、黙り込んで無視して行き過ぎると、後ろから何度も何度も呼びかけてきた。虚空からの呼び声は小立野の篠原氏の下屋敷に着くまで、少しも止むことはなかった。


 庄太夫がまさに家の中に入ろうとしたそのとき、突然空から降ってきた水を、頭からざぶっとかぶり、全身がびしょ濡れになった。
 しかし家に入ってからは、なにも怪しいことはなかった。これを妖籟(妖怪のおこす音)というのだろうか。

 

 また應籟(応答する音)というのもある。生駒内膳の家士・三島半左衛門という者がいた。彼はかたくなな性格で、癖のある男だった。この者はなかでも謡曲が好きで、寝食を忘れるほどであった。


 怪談・奇談が嫌いで、自分が話さないだけでなく、ほかにこれを話すものがあると、そんなものはいるわけがないと激しく言い負かした。


 もともと彼の弁舌は、ものごとを押し曲げ、道理のある正しいことを、あえて誤りとして論じるもので、いつも理をひん曲げるのだった。だから怪談を話すものは、いつからか彼を避けるようになった。


 ある日、半左衛門が夜更けに長町の坂井甚右衛門の辺りを通ったとき、いつものように好きな謡を謡いだした。


 こころに浮かぶままに、三井寺の曲舞を謡いだしたのだが、かたわらの武家屋敷の土壁の中から、半左衛門に添えて謡う声がしてきた。怪しいと思って謡を松風にかえると、また相手も同様に変えてきた。いろいろやってみたが、次々と真似するではないか。


 気のせいではなかったのだ。長い道のりを、このように謡の声が付きまとってついて来たが、生駒家の門内に入ると同時にそれは謡い止んだ。


 そのことがあって以来、半左衛門はともに怪異を語る者となった。
これは半左衛門が、よくもあの妖怪までもが、いろいろな謡をちゃんと覚えたものだと、感心したからではなかろうかと、彼の仲間たちは言い合ったものである。

 

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その1の、「空声送人」は加賀宝生流の謡が盛んな、金沢らしい奇談である。
「金沢では、謡が空から降ってくる」といわれている。
妖怪好きからすれば、江戸時代には謡を謡う妖怪がいたということなのか。