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夏目漱石文学賞

夏目漱石賞

 

夏目漱石の『門』を読みました。メモをみると、この3年で5回目でした。
今回はこれまでのなかで、一番じっくり味わって読みました。

 

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漱石の作品の中で、好きな作品を一つあげよ、こう聞かれたらもちろん、ためらわずに『門』と答えます。漱石の作品に限らず、すべての小説のなかでも、勿論トップです。

淡々として小さな事柄を積み重ねていますが、よく読むとそれらがすべて話の後半にあるクライマックスの方角を向いているのです。

 

読み進んでいくにつれて、そのうちきっと何かが起きるという予感のようなものが増幅していくのですが、それは主人公にとってとてつもなく、大きく重いものであったのです。

 

まるで推理小説を読むようなスリルがあり、次第にはらはらしてきます。
10数回も読むと、さすがにはらはらすることは少なくなりますが、このごろは文章の書き方の巧みさに舌を巻いています。とても明治時代の作品とは思えません。

 


『門』の底流にあるのは、つぎのところです。

「宗助と御米とは仲の好い夫婦に違いなかった。(略)彼等に取って絶対に必要なものは御互いだけで、その御互いが、彼等にはまた充分であった。彼等は山の中にいる心を抱いて、都会に住んでいた」

(じつは私は、4年前に金沢の町なかに引っ越したのは、この部分にいたく感じ入ったからだというところがあるのです)


そしてこの作品の結末です。
「(御米は)「本当にありがたいわね。ようやくのこと春になって」といって、晴れ晴れしい眉を張った。宗助は縁に出て長く伸びた爪を切りながら「うん、しかし又じきに冬になるよ」と答えて、下を向いたまま鋏を動かしていた」。


この作品は以上の二つの部分に象徴されると思っています。
作中のクライマックスなど、すべての出来事の底流には、これがあるのです。

はじめにも言いましたように、今回はこれまでで一番よく読むことができたと、満足しています。

 

ところで芥川賞があるのに、なぜ夏目漱石文学賞はないのでしょうか!