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漱石の『硝子戸の中』その2

漱石の『硝子戸の中』その2

 

 

夏目漱石の『硝子戸の中』を読みました。


前回に続いてこの小品について書いてみます。

初出は、東京と大阪の両『朝日新聞』で、39回にわたって1915年(大正4年)1月13日から2月23日に発表されました。

 

『硝子戸の中』(がらすどのうち)は、『こゝろ』と『道草』の間に書かれた夏目漱石最後の随筆です。

漱石が亡くなったのは1916年ですから、死の前年に書かれたものです。


『硝子戸の中』は、漱石の日常や思い出をつづったもので、いつ読んでも穏やかな気分になる心地よい随筆です。

 

最後に母親の思い出がでてきますが、飼っていた猫や犬を語る章もあります。

 

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中で一番ハッとさせられるのは、(三十)にでてくる、つぎのところでしょう。


「所詮我々は自分で夢の間に製造した爆裂弾を、思い思いに抱きながら、一人残らず、死という遠い所へ、談笑しつつ歩いて行くのでらなかろうか。唯どんなものを抱いているのか、他(ひと)も知らず自分も知らないので、仕合せなんだろう」

 

病気を抱えていた漱石が、自らのことを語りつつ、普遍的なことを述べているのです。


ここで晩年の漱石は、硝子戸を通して、出会った人々の群像と、自身の記憶を回顧しているのです。

達観しつつ江戸っ子らしい人情味が漂っているところや江戸情緒残る街並みを描写しているところに、漱石の人柄が漂っています。


ここで漱石は、夢のようなという言葉を随所に使っており、これは過去の記憶が薄れてきて定かではないという意味に使っていますが、そこにはしみじみと過去を振り返って懐かしんでいるようすがうかがえます。


『硝子戸の中』は年に1回のペースで読んでいますが、何度読んでもあきない小品で、読むたびごとに、小説では感じ取ることができない漱石の人柄にふれるような感じがしています。
そこに毎回発見があることは、勿論です。