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金沢と『三州奇談』の雑記帳   ki-dan.com

「赤ひげ診療譚」

TVで山本周五郎の生きざまを描いたドキュメンタリーを見ていたら、周五郎の作品を読みたくなった。

なにを読もうかと考えたが、「赤ひげ診療譚」にした。

 

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「赤ひげ診療譚」を読んだ。
以前に読んだ時の記憶としては、気難しい赤ひげ先生が貧しい人たちのために大活躍するというものであった。

今度読むと、主人公は小石川養生所の所長・赤ひげこと新出去定とともに、長崎帰りの青年医師・保本登も主役並み地位にあるようで、この2人が主人公という形であった。
周五郎らしく、人情に押し流されそうになりながらも、背景にきっぱりした人生観がある、読後感の気持ちのよい内容であった。


舞台は小石川の養生所から下町にかけてであるが、出てくる地名が懐かしい。小石川の養生所は、文京区白山の東大小石川植物園の中にあり、当時の建物が再現されていたと思う。3度ほど訪ねたことがある。

 

記録によると、享保7年(1722年)正月21日に、小石川伝通院の町医師である小川笙船(この人が赤ひげ先生のモデル)が、将軍への直訴を目的にして設置された目安箱に、貧民対策を投書した。
笙船は翌月に評定所へ呼び出され、吉宗は忠相に養生所設立の検討を命じたとされている。

「赤ひげ診療譚」は8つの話からなっており、それぞれ読み応えたっぷりだが、とくに2番目の「駆込み訴え」は読ませる。

 


小説では、小石川伝通院界隈の坂道を行き来する赤ひげ師弟の姿が、しばしば登場する。

学生時代をこの付近で過ごした私にとって、身近な舞台設定であり、読んでいて、これはこのあたりと、登場人物になったような感じになった。
(漱石の、「それから」にも、この小石川あたりはよくでてくる)

 

住んでいた昭和30年代の伝通院は、まだ戦災のあとの風景で、小さなお堂しかなかったが、ここには徳川家康の生母・於大の墓があるだけに、今は壮大な寺院が再建されている。これは当時私が見た風景ではなく、何か寂しい気もする。

 

伝通院前には都電が通っており、39番は早稲田―厩橋、17番は数寄屋橋―池袋間を運行していて、大学までは近くてとても便利で、しかもロマンがある路線であった。倍賞千恵子の父が都電を運転(車掌だと聞いたこともある)していた。


「赤ひげ診療譚」は、映画やテレビドラマ化されたものがあるが、読んだイメージが壊れないよう、それらはあまり見る気持ちにはならない。