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漱石の俳句

ー漱石の俳句ー

 

私が持っている漱石全集の第17巻は「俳句・詩歌」です。そのうちの俳句をたまに読んでいます。


俳句を以前やっていましたので、漱石の俳句に言及したことがあります。

今日は漱石の俳句とのかかわりから2つをとりあげてみます。


  木瓜(ぼけ)咲くや漱石拙を守るべく


まず、この句は「利を求めることなく、愚直な生き方を良し」といたいというようなことでしょう。共感できます。


この「木瓜」について、漱石はその著『草枕』(十二章)で触れています。

「木瓜は面白い花である。枝は頑固で、かって曲がった事がない。そんなら真直かというと、決して真直でもない。ただ真直な短い枝に、真直な短い枝が、ある角度に衝突して、斜に構えつつ全体が出来上がっている。そこへ紅だか白だか要領を得ぬ花が安閑と咲く。柔らかい葉さえちらちら着ける。評して見ると木瓜は花のうちで、愚かにして悟ったものであろう。世間には拙を守るという人がある。この人が来世に生れ変るときっと木瓜になる。余も木瓜になりたい」。

 

 

私はリタイアした時、一句を作りました。

句自体は忘れましたが、拙を守って生きていこうという意味の句でした。

 

それを当時所属していた俳句結社に投句したところ、なんと「節を守る」と誤植したのです。節を守るでは、俳句らしい面白さも何もありません。

大事な時の一句だったので、これだけは間違えて欲しくなかったと、(大人げなく)そのことだけで結社を退会したことを覚えています。それからずいぶん経ってしまいました。

 

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  紅梅や舞の地を弾く金之助

 

次に金之助の句です。前とは別の結社で月報のエッセーを頼まれたときに取り上げた句です。


漱石の本名は夏目金之助です。京の祇園に遊びに行った時の句です。


ときは春、三味線を弾いて、それに合わせて踊る芸妓の華やかな景色です。

舞の地とは踊りの伴奏の意味ですが、なんと金之助・漱石が三味線を弾いているではありませんか。
さすが明治の文人、やることが粋で漱石もそんなことを簡単にやってのけている、とそんな感じで文章を書いたのです。


何年かたって、句の本当の意味が分かって冷や汗ものでした。
金之助というのは祇園の芸妓の名前だったのです。漱石は自分の本名と同じ名前の芸妓・金之助を贔屓にしていて、そんなことで一句詠んだのです。


俳句は短いので、いろんな想像ができて間違った解釈がありがちですが、これはお粗末でした。

 

 

そのほか漱石の句で好きなものはー


菫(すみれ)ほどな小さき人に生れたし

安々と海鼠(なまこ)の如き子を生めり

別るるや夢一筋の天の川

秋の江に打ちこむ杭の響かな

秋風や唐紅(からくれない)の咽喉仏

肩に来て人懐かしや赤蜻蛉

 

有る程の菊投げ入れよ棺の中 

 

有る程の句にはこんな背景があります。

この句は「床の中で楠緒子さんの為に手向の句を作る」と前書きがあります。大塚楠緒子は東京控訴院長・大塚正男の長女で、漱石は学生時代、大塚家の婿養子になる可能性もあったその相手です。
漱石は「それから」の代助のように、若き日の義侠心から好きな人を友人に譲って、そのあとも恋心を抱き続けていたという噂話も有名です。楠緒子さんは漱石の恋人だったのかもしれません

こんな背景を頭に「それから」、「門」を読むのもおすすめです。
いずれも私が最も愛読している小説です。