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金沢と『三州奇談』の雑記帳   ki-dan.com

正岡子規 「病牀六尺」

正岡子規を読んでいるが、「病牀六尺」の冒頭の一節、300字余りの書き出しは中身がぎっしり詰まった、緊迫感のある、印象的なものである。
何度読んでも病気に対する気力あふれる、また壮絶な気分がダイレクトに伝わってくる。

 

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その冒頭部分を見ていただきたい。

病牀六尺、これが我世界である。
しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである。僅かに手を延ばして畳に触れる事はあるが、蒲団の外へまで足を延ばして体をくつろぐ事も出来ない。
甚だしい時は極端の苦痛に苦しめられて五分も一寸も体の動けない事がある。
苦痛、煩悶、号泣、麻痺剤、僅かに一条の活路を死路の内に求めて少しの安楽を貪る果敢なさ、それでも生きて居ればいひたい事はいひたいもので、毎日見るものは新聞雑誌に限って居れど、それさへ読めないで苦しんで居る時も多いが、読めば腹の立つ事、癪にさはる事、たまにはなんとなく嬉しくてために病苦を忘るるやうな事がないでもない。


この一節は高浜虚子が口述筆記したともいわれているが、子規は狭く制約のある病床に身を置きながら、信じられないほどの気力と活力をもって、小さい情報網の中から世間を見つめたのである。
現在の病院からは想像もできない光景が展開される。


子規はもともとは頑健だったらしいが、結核によって死に至るまでの数年間、このように病床で過ごさざるを得なくなり、最後は仰向けだけの、身動きのできないような状態を余儀なくされた。

それを強健な精神が支えたのだが、とても同じような精神状態で療養することは困難だと思う。
が、これを読むとそのようにありたいという気持ちが芽生えてきて、精神的な支えとなってくれるような内容である。

 

先の短文を読むだけで勇気をもらうことができ、引き締まった人生の1ページと対峙することができる。

 

年の初めに『仰臥漫録』『病牀六尺』読んで、命旦夕に迫る子規の心境を思うと、身が引き締まった。