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漱石 謎のまま 未完の作品『明暗』

昔のNHKラジオテキスト『夏目漱石』、「明治文学をよむ」(佐藤泉)の続きです。
今回は、漱石最後の未完の作品「明暗」についてです。

 

漱石の小説は「三四郎」以降、男女の三角関係が主題となっていますが、それらは男2人と女1人についてのものです。

ところが「明暗」は男1人と女2人になっているのです。
そしてこの小説では、女性の方が恋愛の主体として苦しんでいるのです。

 

この男は、謎めいた美人を心のなかに抱え込んでおり、その過去のために現在に満足できないでいるのです。

漱石の死のために書かれなかった部分がこれで、彼は過去の恋人と再会して語り合うことになっていたはずでした。

 

それはどんな展開になったのか、書かれることのなかった部分にはたいそう興味をひかれるところです。

 

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この続きを書いた人は複数人いるようですが、漱石がどう書いたのか、見ることができなかったのは、なんとしても残念です。

 


しかし、もっと本質的な意味で、と佐藤泉を続けています。

「この作品は一つの結末では片付かないような世界をつくり上げているものと思われる。複数の異質な世界が交差するこの作品では、物語の全体がすべて落ち着くことなど、とても考えられない。

「道草」の主人公が最後の場面でつぶやいた言葉は、「世の中に片付くなんてものは」ないというものだった。未完の「明暗」も、また、本質的に片付くことのない世界だと思われる」

 

「明暗」のみではなく、漱石の小説は「それから」にしろ「道草」にしろ、最後の場面で、一件落着となる作品は見当たらないのです。

 

私が漱石を何回も読むのは、それぞれの片付かない小説を読み終えた後のことを、いろいろと想像してしまうからなのかもしれません。
余韻を楽しむというのとは、ちょっと違う感覚です。

それにしても、返す返すも「明暗」が未完に終わってしまったのは惜しまれます。まさにこれからがクライマックスだというところで、漱石は亡くなってしまったのです。

 

「明暗」のおしまいの部分の描写は、さえわたっています。
無いものねだりをしても仕方がありません。
もう一回読んで愉しむことにして、自分なりに決着の仕方を思い描くことにしましょう。